認定看護管理者会役員のつぶやき

副会長 津島準子

「どうする 家康」に感化されて

 大河ドラマの影響で、私の住む静岡県浜松市は、愛知県岡崎市と並んで徳川家康で盛り上がっています。
 これと言って歴史に興味をもっていなかったのですが、何も知らないでは済まされず、今更ですが、少し勉強する気持ちをもちました。(持っただけですが…)
 私は転勤族の父の下に生まれました。出生地は徳島県、その後愛媛県、長崎県、佐賀県、愛媛県と高校卒業まで四国、北九州を転々としていました。看護学校進学で浜松の地に身を置き、現在に至ります。考えてみれば、看護学校は、「三方原(みかたはら)」という地にあり、徳川家康と武田信玄が戦った「三方原合戦」の地でもありました。浜松駅から三方原に向かうバスに乗り込むと、途中バスの停留所名に「さいが崖」という場所があります。これも武田軍がこの崖を登れなかったという有名な場所だとか。また、三方原に続くこのバスの路線が走る道路は「姫街道(ひめかいどう)」と言います。東海道として、東から西に行くためには浜名湖の南側を船で渡るルートと浜名湖の北部の峠ルートとがあり、多くの女性は船を回避して峠ルートを使っていたことから「姫街道(ひめかいどう)」と呼ばれるようになったそうです。(諸説あり)
 私の子供が通っていた小学校の運動会では、紅組、白組が徳川軍、武田軍と別れ、城落としをするという浜松ならではのプログラムがありました。
 当時は、「へ~」とだけ思っていましたが、改めて地域を振り返ると、いたるところに歴史に描かれる有名な場所や地形や行事があったことに気付かされます。
 住んでいる場所、地名からも歴史の宝庫の中にいたのかと気付かされました。徳川時代は、戦争のない時代だったと賞賛されています。しかしそれは時代と共に終わってしまいます。いつの時代にも、常に平和を望んでいました。 歴史を学ぶことは、未来への希望かと感じましたが、英雄をたたえるだけでは美化しすぎにもなりかねません。歴史から先人が残したものは何かを知ることが大切なのかな~と、にわか仕込みの私が感じる今日この頃でした。

2023年4月25日